護衛艦隊
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護衛艦隊(ごえいかんたい、JMSDF Fleet Escort Force)とは、日本の海上自衛隊自衛艦隊に属する護衛艦によって編成された艦隊である。潜水艦部隊や掃海部隊、航空部隊と共に、日本の海上防衛を担っている。
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[編集] 概要
護衛艦隊は日本の自衛艦隊の中核となる艦隊で、司令部は横須賀基地(船越地区)におかれている。海将が務める護衛艦隊司令官が、総数47隻の護衛艦と多数の補助艦艇よりなる護衛艦隊を指揮し、これらの練度管理にあたる。
2008年現在では、4個護衛隊群(Escort Flotilla)が編成され有事に備えており、海将補が群司令を務める。
各護衛隊群は4隻ずつ、2つの護衛隊(Escort Squadron)より構成され、搭載するヘリコプター8機が含まれる。護衛隊の1つはヘリコプター搭載護衛艦(DDH)が旗艦となりミサイル護衛艦(DDG)1隻を含むDDHグループと呼ばれ、別の護衛隊はミサイル護衛艦1隻を含むDDGグループと呼ばれる[1]。
[編集] 任務
海上自衛隊はその創設時から対潜任務を特に重視してきた。海上交通路の確保が戦後日本の経済成長にとって絶対に必要なことであり、日本が行なえる「シーレーン防衛」ではアメリカ海軍の海軍力でも保護しきれない潜水艦からの攻撃に対して日本の商船を守ることが求められた。このため、海上自衛隊の全ての戦闘艦は対潜任務を主体としてきた。
1976年の防衛計画大綱では海上自衛隊に対し以下の2点が求められた。
- 海上における侵略等の事態に対応し得るように機動的に運用する艦艇部隊として、常時少なくとも1個護衛艦隊群を即応の体制で維持しうる1個護衛艦隊を有していること。
- 沿岸海域の警戒及び防衛を目的とする艦艇部隊として、所定の海域ごとに、常時少なくとも1個隊を即応の体制で維持しうる対潜水上艦艇部隊を有していること。
2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件の発生や、それに端を発する海自艦艇のインド洋派遣があり、従来とは異なった任務が与えられるようになった。また、日本海では北朝鮮工作船事件などが発生して、ゲリラに対する不正規戦や非対称戦争という新たな脅威と社会情勢への対応が求められるようになった。
2004年末の「平成17年度以降に係る防衛計画の大綱について」(17大綱)では護衛艦の定数が50隻から47隻に減らされ、以下のように新たな脅威への対応が必要とされた。
[編集] ローテーション
4個の護衛艦隊群を持つことで、周期訓練(ローテーション)を行ないながら、常に1個か2個の護衛艦隊群を高度な練成状態で脅威に対する即応体制が整えられる。
艦艇は常に警備体制にある訳ではなく、定期的な保守・修理や改修工事をドック内で行なわねばならず、長期に渡るドック入りが明けた後は乗組員の再訓練が求められ、新たな装備があればそれらへの習熟訓練も必要となる。新造艦では慣熟期間や就役訓練を行なう必要がある。
外国への表敬訪問や共同軍事演習、2001年11月からのインド洋派遣のように、長期に渡って日本近海域から離れることもあるため、4個の護衛艦隊群によるローテーションによって常に海上防衛力が保持されている[1]。
[編集] 過去の艦隊再編成
- 1971年
設立当初は3個護衛隊群であったが、第四護衛隊群が新たに配備されて4個護衛隊群となった。
- 2006年
自衛隊海外派遣任務の増加に伴い、補給艦の機動的運用の必要性が高まったことを受けて、2006年(平成18年)4月に補給艦5隻による第1海上補給隊(横須賀)が編成された。また、それまで自衛艦隊直轄であった第1輸送隊が護衛艦隊直轄に編成替えされた。
- 2008年
2008年(平成20年)3月に護衛艦部隊の大規模な改編が行われ、それまでの12個護衛隊を8個護衛隊(DDH中心4個とDDG中心4個)に再編され、また6つの地方隊直轄護衛隊はすべて解隊されて地方隊直轄であった護衛隊は護衛艦隊に新編、編入された[1]。
各護衛隊は一つの定係港にまとめられていたが、改編に伴い所属艦の定係港は各地に散らばることとなった(2桁番号の護衛隊は除く)。これは、護衛艦隊が艦艇の練成などを担当するフォース・プロバイダーとなったからであり、艦艇の運用はフォース・ユーザーである自衛艦隊司令官および各地方総監(2桁番号の護衛隊のみ)が行う。
[編集] 八八艦隊
護衛隊群は俗称として「八八艦隊」(はちはちかんたい)や「新八八艦隊」と呼ばれる。これは旧日本海軍時代の艦隊整備計画の略称であり新造艦で戦艦8隻と巡洋戦艦8隻を中核とする艦隊を編成することから「八八艦隊」と呼ばれ、現代の自衛艦による護衛隊群でも護衛艦8隻とヘリコプター8機が置かれるために、このように呼ばれている。旧帝国海軍時代の用語でもあり、海上自衛隊の正式用語では用いられない。
2008年の艦隊再編や新たな護衛艦(DD)の登場によって、ヘリコプターの機数は8機から増えるとの予想もある[1]。
[編集] 2004年防衛計画大綱
2004年末の防衛計画大綱(17大綱)で新たな任務と同時に示された部隊削減を含む変革によって、護衛艦隊では2007年度までに大きな部隊再編を行なった。護衛艦の定数が50隻から47隻に減らされ、地方配備の護衛艦部隊も5個隊に減らされた[1]。
[編集] イージス艦の編成
イージス護衛艦のうちこんごう型護衛艦は、「こんごう」(DDG-173)が第1護衛隊群、「きりしま」(DDG-174)が第4護衛隊群、「みょうこう」(DDG-175)が第3護衛隊群、「ちょうかい」(DDG-176)が第2護衛隊群と、各護衛隊群に1隻づつ配備されている。さらに、こんごう型の次級であるあたご型護衛艦の「あたご」(DDG-177)は第3護衛隊群に、「あしがら」(DDG-178)が第2護衛隊群に配備された。
[編集] 沿革
- 1961年(昭和36年)9月1日 - 護衛艦隊編成
- 1971年(昭和46年)2月1日 - 第4護衛隊群を編成
- 2006年(平成18年)4月 - 第1海上補給隊の新編及び第1輸送隊の配備(自衛艦隊からの編成替え)
- 2008年(平成20年)3月26日 - 地方隊所属であった護衛隊の編入及び護衛隊群所属護衛隊の再編(計12個護衛隊を計8個護衛隊に再編)、第1海上訓練支援隊の新編
[編集] 護衛艦隊の編成
- 護衛艦隊
- 護衛艦隊司令部
- 護衛艦隊旗艦(DDG-170さわかぜ)
(機動運用部隊)
(地方配備部隊)
[編集] 護衛艦隊旗艦の変遷
- 「てるづき」(DD-162) - 1961年(昭和36年)9月1日~
- 「むらくも」(DDK-118) - 1985年(昭和60年)3月27日~
- 「たちかぜ」(DDG-168) - 1998年(平成10年)3月16日~
- 「さわかぜ」(DDG-170) - 2007年(平成19年)3月25日~
[編集] 歴代の艦隊司令官
| 代 | 氏名 | 在任期間 | 出身校・期 | 前職 | 後職 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 三上作夫 | 1961.9.1 - 1962.7.15 | 海兵56期・海大37期 | 練習艦隊司令官 | 佐世保地方総監 |
| 2 | 山下雅夫 | 1962.7.16 - 1963.6.30 | 海兵57期 | 海上幕僚監部総務部長 | 佐世保地方総監 |
| 3 | 永井昇 | 1963.7.1 - 1964.7.15 | 海兵59期 | 第1術科学校長 | 呉地方総監 |
| 4 | 板谷隆一 | 1964.7.16 - 1965.6.30 | 海兵60期 | 海上幕僚監部総務部長 | 横須賀地方総監 |
| 5 | 久原一利 | 1965.7.1 - 1967.1.9 | 海兵60期 | 海上訓練指導隊群司令 | 海上幕僚副長 |
| 6 | 池田徳太 | 1967.1.10 - 1968.1.1 | 海兵60期 | 海上訓練指導隊群司令 | 退職 |
| 7 | 内田一臣 | 1968.1.1 - 1969.6.30 | 海兵63期 | 海上幕僚監部防衛部長 | 海上幕僚長 |
| 8 | 北村謙一 | 1969.7.1 - 1970.6.30 | 海兵64期 | 海上幕僚監部防衛部長 | 横須賀地方総監 |
| 9 | 石隈辰彦 | 1970.7.1 - 1972.3.15 | 海兵65期 | 海上幕僚監部総務部長 | 横須賀地方総監 |
| 10 | 中村悌次 | 1972.3.16 - 1973.11.30 | 海兵67期 | 海上幕僚監部防衛部長 | 呉地方総監 |
| 11 | 宮田敬助 | 1973.12.1 - 1975.3.16 | 海兵69期 | 海上幕僚監部総務部長 | 海上幕僚副長 |
| 12 | 齋藤國二朗 | 1975.3.17 - 1976.3.15 | 海兵70期 | 練習艦隊司令官 →1974.12.5海上幕僚監部付 |
幹部学校長 |
| 13 | 大賀良平 | 1976.3.16 - 1976.11.30 | 海兵71期 | 海上幕僚監部防衛部長 | 大湊地方総監 |
| 14 | 清水清 | 1976.12.1 - 1978.12.11 | 海兵71期 | 第1護衛隊群司令 | 退職 |
| 15 | 秋山正之 | 1978.12.11 - 1981.2.15 | 海兵74期 | 海上幕僚監部総務部長 | 自衛艦隊司令官 |
| 16 | 古賀鶴男 | 1981.2.16 - 1982.6.30 | 海兵75期 | 海上幕僚監部総務部長 | 自衛艦隊司令官 |
| 17 | 深井汪介 | 1982.7.1 - 1984.6.6 | 海兵75期 | 海上幕僚監部監察官 | 退職 |
| 18 | 能津長和 | 1984.6.6 - 1986.12.5 | 海保大・4期幹候 | 開発指導隊群司令 | 退職 |
| 19 | 小西岑生 | 1986.12.5 - 1988.3.15 | 防大1期 | 練習艦隊司令官 | 呉地方総監 |
| 20 | 伊東隆行 | 1988.3.16 - 1989.12.15 | 海保大56外6期幹候 | 第1術科学校長 | 退職 |
| 21 | 岩澤徹 | 1989.12.15 - 1991.6.30 | 防大3期 | 防衛大学校訓練部長 | 佐世保地方総監 |
| 22 | 内田耕太郎 | 1991.7.1 - 1992.6.15 | 防大4期 | 海上幕僚監部装備部長 | 舞鶴地方総監 |
| 23 | 村中壽雄 | 1992.6.16 - 1994.12.14 | 防大5期 | 海上幕僚監部防衛部長 | 自衛艦隊司令官 |
| 24 | 林博太郎 | 1994.12.15 - 1996.6.30 | 防大7期 | 自衛艦隊司令部幕僚長 | 幹部学校長 |
| 25 | 石山嵩 | 1996.7.1 - 1998.6.30 | 防大9期 | 海上幕僚監部調査部長 | 佐世保地方総監 |
| 26 | 金田秀昭 | 1998.7.1 - 1999.7.12 | 防大12期 | 統合幕僚会議事務局第5幕僚室長 | 退職 |
| 27 | 勝山拓 | 1999.7.12 - 2001.3.26 | 防大12期 | 海上幕僚監部装備部長 | 佐世保地方総監 |
| 28 | 古庄幸一 | 2001.3.27 - 2002.3.21 | 防大13期 | 阪神基地隊司令 | 海上幕僚副長 |
| 29 | 道家一成 | 2002.3.22 - 2003.1.27 | 防大15期 | 海上幕僚監部人事教育部長 | 海上幕僚副長 |
| 30 | 香田洋二 | 2003.1.28 - 2004.8.29 | 防大16期 | 海上幕僚監部防衛部長 | 統合幕僚会議事務局長 |
| 31 | 保井信治 | 2004.8.30 - 2007.7.3 | 防大16期 | 幹部候補生学校長 | 退職 →2007.11.1IHI顧問 |
| 32 | 高嶋博視 | 2007.7.4 - | 海上幕僚監部人事教育部長 |
[編集] 各護衛隊群の気質
各護衛隊群の気質の違いは以下の通り
- 第1護衛隊群:「広報の1群」と呼ばれ、広報活動に従事することが多い。最新鋭艦の配備が早いことでも知られる。
[編集] 出典
- ^ a b c d e f g 野木恵一、多田智彦、他著 軍事研究2008年6月号別冊 『海自汎用護衛艦&世界の戦闘艦技術』 ジャパン・ミリタリー・レビュー 2008年6月1日発行 ISSN0533-6716
